50歳を超えて、いよいよ身体の衰えを感じ始めた。
10代の頃、「二十歳になったらオジサン(オバサン)だ」などと言う奴がいた。
まあそれは半分冗談で、「いつまでも遊んでられない」程度の意味だったろう。
二十歳というのは現代では法律的にも成人つまり大人になることである。
十代のうちから働き始める人もいるが、最近ではよっぽど何かの才能があって若いうちから活躍するスポーツ選手や芸能人か家庭の事情などによって働かざるを得ない人でなければ大学に行くのが普通だろう。
日本では留年や浪人をしなければ大学に入学するときに18歳である。
大学入学時に浪人することは多いが(最近はどうか知らないが)、高校までは留年というのはあまりない。高校までに留年するのはよほどの事情があるか意図的なものだろう。
二十歳を迎えるのは多くが学生のうちであり、大学卒業までストレートであれば社会人になるときに二十一歳である。
最近は、特に日本においては、大学教育の意味というか価値を問う人が多く、特に文系では大学院に行って研究職につくことは非常に難しいという話を聞く。
かといって大学すら出ていないようでは論外だという風潮もある。
私は1年浪人して予備校に通って大学に入学したがほとんど通わず2回留年して退学した。
当時は大学がレジャーランド化しているなどと言われ、私の兄や友人などを見ていても、アルバイトをして車を買ったり旅行に行ったりコンパをしたりという話ばかりしかきかず、あくまでも就職のための手段、あるいは若者が果たすべき義務とみなされていた。
法律的には義務教育は中学までだが、中学校を卒業したら社会人になれると思っている人はさすがにほとんどいなかった。
常識として、最低限高校卒、まともな生活をするには大卒、余裕のある暮らしをするには有名大卒、という考えがあって、
高校や大学は入学試験を課されて選抜されるが、偏差値を使ってランク付けされた。
偏差値を絶対的な基準のようにとらえる人がいるが、偏差値もある特定の業者のおこなった試験結果に基づいて算出される特定の条件下の相対的な値であることは学校の試験の得点と同じである。
私は浪人はしたがなんとかそこそこ名の知れた大学に合格することができて、とてもホッとした、いや、有頂天になったといっていいくらい嬉しかったことを覚えている。
その後、単なる怠けだけではなく、諸事情があって大学にはあまり通えず、借金を作り、返済のためにアルバイトに追われ、中退することになった。
その後社会人になってから今に至るまでの約30年は、学生時代に比べれば退屈で無意味で殺伐としていてみすぼらしくて恥ずかしい、悲しいくらいのお粗末な人生だった。
ずっと、大学を中退したのが間違いだったとは思い続けていたが、
今思うと、私も学校にいくことを生存競争とか出世競争の手段であり、それどころか、人としてのランク付けするためのものと、そうであってはならないと自覚しているつもりではいても、誰よりも思っていて、学ぶということや先人や他人の意見を謙虚に聞く態度をすでに10代後半にして失っていた。
学歴がなくても実力があれば勝ち残れる、大学を中退すると、それもそんなのは負け惜しみだと嫌っていた考えにすがるようになった。
30代の先輩などが、30を超えると体力が落ちるとか腹が出てくるとかいうのを聞いてビクビクしていたが、実際に30歳になっても体力も知力もほとんど低下しない。
しかし、それなのにありあまる時間と体力をもてあまし、派手な暮らしはできないまでも生活に窮するということもなく、平凡で退屈な日々を過ごした。
同様にして40代を迎えたときにはもう、年齢による衰えなど数字による錯覚だとすら考えるようになり、むしろ40代は心身ともに最も充実していたような気がする。
ただし、日々を無為に過ごしていたことに変わりはない。
そして50代。
10年ごとの区切りに加えて、百年のうちの五十年という節目である。
これも数字の錯覚なのかもしれない。60歳になって振り返ったらあの時は俺もあんなに元気だったのに、と思うかもしれない。
100年生きられるとは思っていないが、60歳まではまず生きるだろう。
80歳くらいまでいけるのではと思っている。
60歳で仕事を辞めるつもりもない。たぶん、70歳、75歳くらいまで仕事をしないと生活できないと思う。
50代になったら、とうとう、体力の衰えを感じ始めた。
40代までは疲労の回復が遅いとか、食が細くなったとか、酒が飲めなくなったとか、
別にどうでもいい程度のことしか感じなかったが、最近は運動しても体が大きくなったり元気になったりせず、多少気分はよくなるものの、全体的な衰退傾向に逆らえないという感じになってきた。