グリーン車に乗ることが多い。
私が乗る駅では、グリーン車は窓際はまず埋まっている。
窓際に人がいる隣の通路側の席に座る。
だが、そこにカバンを置いている人が非常に多い。
私はそれがとても頭にくる。というか、その神経が理解できない。
なぜそんなことができるのだろうか?
私は休日にもグリーン車に乗ることがあるが、
ガラガラでもとなりの席に荷物など置いたことはない。
なぜなら、グリーン車は有料だからだ。
距離によるが、550円とか770円とか、ランチが食べられるくらいの料金だ。
まあ、ガラガラであれば、カバンを置いても、私はしないが、まあ許せる。
でも、通勤ラッシュ時で、上野につくころにはほぼ満席になる常磐線のグリーン車で、
隣の席に荷物を置くのは許せない。
その荷物をつかんで放り投げたくなる気持ちを懸命に抑える。
時々、そういう人にむかって、「すいません」と言って席を空けてもらって座る人がいる。
謝るのは荷物を置いている方だろ!
そういうときに、荷物を置いている人が謝るのを見たことがない。
私は、絶対に謝らない。そこまでして座りたくない。
が、そういう人がいると、顔をじっと見る。
そうすると、だいたいどける。
最近わかってきたのだが、この行動は無神経であるとか気が利かないというのではなく、
隣に人を座らせたくないので故意にやっているようだ。
なんという、利己的な行為だろう。私はそういう行為が本当に嫌いだ。
私も、なるべく隣に人がいない席を選ぶ。隣に人が来て欲しくないという気持ちはわかる。
でも、だからって荷物を置いて座らせないようにするなんてことは絶対にできない。
そんなことまでしたくない。
昨日は、隣の席に荷物を置いて寝ている人に、「すいません」と声をかけている人がいたのだが、
寝ている人は2、3度声をかけられても起きなかった。
多分、気づいているのに起きなかったのだろう。
私は振り返って、その人がどんな顔をしているか見た。
年齢は私よりやや上、50歳前後だ。
上着を着ずにワイシャツとスラックスの、ごく普通のサラリーマン風の男性である。
特にバカそうでもズルそうでもダメ人間でもだらしない感じでもない。
でも、そういうごく普通の人間が、このような利己的な行為をするものなのである。
これは静かなる暴力と言ってもいい。
こういう人間が、政治家や芸能人の不祥事に対して鬼の首をとったように責めるのだ。
私にはわかる。